ダンティエス校長が去ったドアを見つめながら、そろそろ本気で自分の気持ちをジークに伝えないといけないなと考えをめぐらせていた。 今日課外授業に行ってみて、外の世界がここまで危険に満ちているとは思わず、自分の考えが甘かった事を痛感する。 中にいれば今は比較的安全かもしれないけど、それはずっと続くものではない。 このまま放置していてもゆくゆくは王都も危険な状況になってしまうのなら、この邪の気配の根源を消し去らなければ――――きっと私の力はその為にあるのだと思う。 色んな事にけじめをつけないと。 「ダンテが気になる?」 「わっ!」 すっかり考え事をしていた私のすぐ後ろからジークの声が聞こえてきて、驚きのあまり変な声が出てしまう。 恥ずかしくてゆっくりと振り返ると、真剣な表情のジークがすぐ近くに立っていた。 「ずっとダンテが去ったドアを見つめているから」 「いいえ、違うの。考え事をしていただけよ。これからの事とか色々…………」 「これからの事?」 この世界の事、ジークにどうやって説明をすればいいんだろう。ここはゲームの世界で魔王を倒さないと世界が危ない……なんて伝えたらさすがに頭がおかしい人間に思われるわね。 私は、言いたくても言えないもどかしさに苦笑するしかなかった。 「………………そうやって言ってくれないなら……こうするしかないな」 「え?」 彼が何を言っているのか分からなくて聞き返すと、ジークの瞳が怪しく光り出し――――思い切り脇をくすぐられてしまうのだった。 「な、何を!あははっやめて~~あはっ、うふふ、ふ、くすぐったいっ!」 「言う気になったか?君が抱えているものを私と半分こしようと話したばかりではないか」 くすぐりながらも真剣な表情で伝えてくるので、私は観念して自分が感じている事を話そうと決意した。 どの道言わなければならない時はやってくるだろうし、ゲームの世界であるという事は言えないけど、これから起こるだろう事案は伝える事ができるかもしれない。 「わ、分かったわ!話すからっ」 「よろしい」 すぐにくすぐるのを止めてくれたジークは、私の言葉に満足気だった……なんだかいいように流された感じがしなくもない。 満足気な彼の顔を見ながら若干私があきれ顔をしていると、突然彼の腕にすっぽりと収められてしまう。 そし
私はヴィスコンティ子爵家の一人娘、カリプソ・ヴィスコンティ。土魔法を得意とし、ドロテア魔法学園の養護教諭をしている。 身分は低かったけれど幼い頃、両親はこれでもかというくらい私を可愛がってくれたし、お姫様のように扱ってくれた。 私が4歳の時にお母様が亡くなり、それまではとても幸せだったのを今でも覚えている。 でもお母様が亡くなるとお父様が豹変し、私に厳しく当たるようになった。 私は最初、その理由が分からずとても悲しかったわ。お父様を恨んだ事もあったし、どうして私がこんな目に……と悲劇のヒロインのように思っていた時もある。 でも少し大きくなった時、お父様と誰かが話している声が聞こえてきた―――― 「ご令嬢はあなた様の娘ではないと?」 「あの者は妻がよそで作った子供で私とは全く血のつながりはありません。どうか引き取ってくれませんかね?」 お父様は何を言っているの?あんなに私を可愛がってくれてたじゃない。二人とも仲が良さそうだったし、二人の子供じゃないなんて嘘よ! 私は到底信じられず、お父様に詰め寄り、どういう事なのか説明を求めた。 すると信じられないような事を言い始める。 「お前の母親は私と婚約している時に私との子供が出来たと嘘を言っていたんだ。アイツが死んだ後に父親だと名乗る男がやってきた……そいつはお前の母親の邸に勤める使用人だったのだ。私はまんまとハメられ、お前を本当の娘として慈しんでしまった…………何の血の繋がりもないお前を私が育てる理由がどこにある?」 お父様はそう言うと、憎悪の対象を見るような目で私を見据え、顔を逸らした。 私は必死で泣きつき、とにかく役に立つから捨てないでほしいと懇願したのだった。 無様だわ――――でもまだ10歳にもなっていない私には、こうする他なかった。 私があまりにも必死で面倒だったのかは今となっては分からないけど、お父様は思い止まり、私を子爵家の令嬢として邸に置いておく事にしてくれた。 私はむしろありがたいとすら思っている。浮気した女、嘘をついて結婚した女の子供を貴族令嬢として生きる事を許可してくれたのだから。 この恩は一生かかっても返していこうと決意する。 使用人たちにどんなに冷たい目を向けられても、言葉を交わしてくれなくても、とにかく貴族令嬢として恥ずかしくないようにと色々な教育を頑
急いでリンデの森を離れ、王都に入るまでは皆緊張した面持ちだったものの、王都に入ったのを確認すると先生たちの表情も緩み、ホッとした顔をしていた。 そして学園に無事に着くと点呼を取り、生徒たちは課外授業から解放されて嬉しそうにそれぞれの教室へと戻って行った。 魔物化した男子生徒も校長と一緒の馬車に乗っている最中に意識が戻り、記憶もなかったようでケロッとしながらクラスに戻っていった。 自分がなぜ校長先生と馬車に乗せられているのか分からなかった男子生徒は、馬車の中で酷く動揺していたようで、校長からその話を聞いた時は思わず笑ってしまったのだった。 今回は終わるのも早かったし、これから課外授業の感想や意見などをレポートにまとめる時間が終わったら帰宅となる。 皆無事に帰ってくる事ができて本当に良かった。 「びっくりしましたわね…………まさかリンデの森があそこまで瘴気でいっぱいとは思いませんでしたわ」 生徒たちが教室に戻るのを見守っていた水クラスのラヴェンナ先生が私に声をかけてくれたので、全力で同意する。 「本当にそうですわね。人体に入るとあんな風になるなんて」 皆が到着した時に副校長のミシェルとジークも出迎えに来ていて、私の言葉にジークが反応してくる。 「瘴気が誰かの中に入ったのか?」 「え?あ、えーっと…………」 私が言いにくそうにしていると、横からゲオルグ先生が鼻息を荒くして当時の状況を語り始めたのだった。 「理事長先生!森に満ちた瘴気に侵された男子生徒が一人いたのですが、我々が魔物と戦っている間にクラウディア先生が変な力を発したのです。得体の知れない力です……これは危険な力かどうか、要調査の案件なのではありませんか?!」 「…………………………」 この人は力の種類を感じる事ができないのかしら……ジークはすぐに分かってくれたのに。どう頑張っても私の事が嫌いらしい。 転生して中身が違うとは言え、ちょっと傷つくわね。 そんな私の気持ちをすくい上げるかのように、ラヴェンナ先生がすぐに言葉を返してくれたのだった。 「あの力は危険なものではありませんよ?あなたは感じなかったようですけど……聖なる力ですわよね、理事長先生」 「ああ、そうだ。危険などと間違っても言ってはいけない」 「な、クラウディア先生に聖なる力?!そんなバカな……こ
すべて瘴気をのみ込んだ男子生徒は、さっきまでもがき苦しんでいたのが嘘のように突然静かになり、顔を俯かせてふらふらゆらゆらし始める。 そしてゆっくりと顔を上げると、目は白目のまま顔色は真っ青になり、顔中に血管が浮き上がった状態で肌は岩のようにデコボコになっていた……明らかに普通の状態ではない。 これは――――人の魔物化? 「ひっ」 「な、なんだよ、アイツ……」 「何が起こったの?!」 瘴気が見えない生徒たちは一様に混乱し始める――――私ですら混乱しているのに瘴気の見えない生徒たちはなおさらだわ。 「生徒たちは急いで馬車へ!」 ラヴェンナ先生は自分のクラスだけではなく、生徒全員に呼びかけ、避難を促した。 人にもこんな風に影響をしてしまうのを目の当たりにしたら、今日の課外授業は中止せざるを得ないものね。 「みんな急いで!」 引率の先生方で生徒を馬車に誘導していると、瘴気によって状態異常を起こしている生徒が一人の女子生徒に襲い掛かっていった。 「グガァァァァア゙ア゙!!」 「きゃ――っ」 「危ない!!!」 私が叫んだと同時に辺りが闇に包まれ、男子生徒が闇に包まれていく。 今は昼間よね?これは闇魔法? 女の子は襲ってきていた相手が突然いなくなってキョロキョロしている……暗闇の中、ダンティエス校長の声が響き渡る。 「[ダークイリュージョン]…………今は彼の周りも闇で覆っているので我々が見えていない。早く馬車へ走るんだ――――」 暗闇だけど馬車などの目的物は分かるわ。凄い闇魔法……! 女子生徒は必死に馬車に走っていき、他の生徒たちも順々に馬車に乗り込んだところでだんだんと闇が晴れてきたのだった。 どうやら状態異常を起こした男子生徒にだけ幻覚を見せる魔法みたいね。 突然目標物を失った男子生徒は混乱してキョロキョロしている。 男子生徒の後ろの方では魔物が量産されているし、男子生徒は瘴気に取り込まれているしこの状況をどうすればいいの…………私が考えあぐねている間に、他の先生達が私たちに襲い掛かかろうとしている魔物を倒すべく、走っていった。 私も何体かは風魔法で応戦したけれど、倒しても湧いてくるので埒が明かない。 とにかく男子生徒を何とかして学園に戻らなくては――――私は自分に出来る事は何かを考え、男子生徒を救う方に集中する事
馬車から一歩出ると、辺りは延々と森が広がっていて、何も感じなければ静かで空気が綺麗な森だった。 ところどころから差し込む木漏れ日は後光のようで神々しく感じられるし、生徒たちは森の清涼な空気を吸い込んで良い表情をしていた。 ここが普通の森なら私もそう思ったかもしれないし、皆と一緒に綺麗な森にうっとりしていたと思う。 でもひとたび馬車を降りたら、ここに蔓延する瘴気を感じて、一気にピリピリした気持ちになっていった。 これだけ溢れていると、そこかしこからすぐに魔物が出てきそうね………… このドロテア魔法学園というゲームはその溢れ出る魔物を次々と倒し、最終的に魔王を倒して世界に平和をもたらすゲーム。 魔王を倒すまでは瘴気は存在し続け、増えていく一方……最終ステージ前はかなりの村や街で被害が出ていて、一刻も早く倒さなければならないという状況になっていく。 今は深刻な話はまだ聞こえてこないので油断していたけど…… これは魔王がもう存在していると思った方がいいのかもしれない。 これほどの瘴気が溢れているのを見ると、その存在をヒシヒシと感じざるを得ないわ。 それにしても他の者には見えていないのかしら……周りの人たちを観察していると、見えている者と見えていない者で表情が全然違う事が分かる。 そして見えている者は明らかに少なく、数えるほどしかいないようね。 ラヴェンナ先生は見えているようで、口を覆うようにしながら生徒たちに遠くに行かないよう声をかけていた。 マデリンが慌てて私の元へやってくるのが見える。 「先生!このモヤモヤしたのは何?まとわりついてきて気味が悪いわ……!」 「マデリン、あなたも見えているのね。おそらく魔力量が少ない者には見えないのではないかと思うの。これは瘴気と言って邪の気配……人の中に知らずに入り込んでくる厄介なものよ」 「外の世界はこんなものが溢れているものなの?」 「こんなに溢れているとは私も思わなかったわ……瘴気が集まると魔物に具現化していくから気を付けて。みんなも離れないように!こっちに一旦集まって――――」 なぜ先生方が厳しい表情なのか、ほとんどの生徒は分からずにひとまず声をかけられたから集まったという感じだった。 でも一部の威勢のいい生徒は笑いながらなかなか集まってこない。 「早くこちらに集まるんだ!」
「ラヴェンナ先生こそお優しいではないですか。いつも生徒の事を考えていて……先生の鑑です」 私の目の前に座っているゲオルグ先生は私の3個上(24歳)の伯爵令息であり、好き嫌いが非常に分かりやすい人で、常にラヴェンナ先生を褒め称えている。そして―――― 「クラウディア先生がラヴェンナ先生と同じだなどと、あり得ない事です」 はいはい、よく分かっていますよ。 ゲオルグ先生はラヴェンナ先生が大好きでクラウディアが大嫌いなのよね――本当に分かりやすい。 まだ仲直りする前のジークとはまた違った嫌味や嫌悪を向けてくる人―――― ジークは私の不真面目に見えるところを直そうとしていた人だけど、この人は単純な悪意を向けてくる厄介な人間なのよね。 私が転生した後もクラウディアを嫌悪する態度はそのままに、相変わらずこちらが引いてしまうような言葉を投げつけてくる。 まぁいいんだけどね……ラヴェンナ先生が清く、優しく、たおやかな女性だと信じて疑わないゲオルグ先生の夢が崩れ落ちる瞬間が来ない事を祈るわ。 ラヴェンナ先生は本当は好戦的なんて私が言ったら、彼女への嫉妬や負け惜しみでウソを吹聴していると言われそうで厄介だし。 「クラウディア先生と同じだなんて嬉しいですわ~~ずっと憧れておりましたの。先生のようにカッコいい女性だったらって」 そう言いながらうっとりとしているラヴェンナ先生を見て、戦闘するカッコいいクラウディアを想像して、自分もそうなりたいとか思っているんだろうなと察しがつく。 「それに、昨年の魔法大会もクラウディア先生のクラスがクラス別対抗で優勝しましたわね!上の学年のクラスを押さえての優勝にとっても興奮しましたわ」 その話が出た途端にゲオルグ先生の表情は一気に憎々しげな顔に変わっていった。 この魔法学園には前の世界で言うところの運動会のようなものがあり、昨年は私の受け持つクラスが優勝したのだった。 火、水、風、土の対戦でも風が優勝だった……私が転生する前の出来事だけど記憶にあるし、ゲオルグ先生の火クラスとの戦いにも勝利したので本当に悔しいのだろうな……私が何となく気まずい気持ちでいると、ゲオルグ先生が重い口を開き始める。 「あの時は風クラスの生徒たちが最上級魔法を突然使えるようになったので、誰かの手が加えられたとしか思えませんでしたね」